東京ヒューマンライブラリー協会 | 多様性を育む「生きている図書館」

HLとは

1. ヒューマンライブラリー(HL)とは何か

ヒューマンライブラリーの明確な定義は、これまで明らかにされていないが、坪井(2018)は日本でこれまでに開催されてきたヒューマンライブラリーの最大公約数を4点明記している。 それは以下のとおりである。(坪井他編『ヒューマンライブラリー』2018.p.296)

1)「生きた本」一人に対して「読者」は一人〜三人程度であること。

2)「生きた本」の人生話は、生きにくさを含む内面の自己開示であること。

3)「読者」は、「生きた本」を傷つけない限り、何を聞いてもよいこと。

4)一回の対話時間は、おおむね三十分程度であること。

しかし、最近では、ヒューマンライブラリーの一般化、多様化に伴い、これらの条件にそぐわないケースが多々見られるようになってきた。

本協会が毎月開催している「ヒューマンライブラリー入門講座」では、ヒューマンライブラリーの最小条件として、簡潔に以下の3点を明示している。

ヒューマンライブラリー の3条件(最小条件)

1 対話は「本」1に対して「読者」は1〜5人程度の少人数であること。

2 「本」の語りは、生きにくさの自己開示を含む人生話であること。

3 対話時間は、30分程度の短時間であること。

当協会では、上記の3条件を満たしていると思われるイベントのみ「ヒューマンライブラリー」として認知しています。したがって、「ヒューマンライブラリー」と称していても、上記3条件に合致しないものは、ヒューマンライブラリーとして扱いませんのでご了承ください。

 

Human Library (別名、リビングライブラリー、生きている図書館)は、生きた人間を「本」として30分の対話時間を貸し出す催しです。

【ヒューマンライブラリーの構造】
【特徴】
① 司書・本・読者役がいること ② 図書館の仕組みそのまま ③ 読書時間は対話時間 ④ 予備知識不要 誰でも気軽に参加することのできるイベントです!

「人間図書館」という設定は、参加者がそれぞれ”司書役”、”本役”、”読書役”を演ずるという「仮想の演劇空間」になっています。この仕組みがトラブルを回避し、相互理解を促進する効果を高めています。

① 主催者は「司書」役となり、語り手を「本」として読者に紹介する媒介者となります。事前に「本」の話をお聞きして読者に伝わりやすいように対話のアドバイスをしたり、本の編集者の役も果たします。対話の際には、本役の近くで待機しサポート役もします。30分間の対話時間のタイムキーパー役も果たします。 大学ゼミ主体で開催される場合は、学生が司書役を担い課題解決型学習活動、アクティブラーニングとして利用されることが多いようです。 ② 語り手の「本」役は、主として、偏見を持たれやすい人や生きにくさを抱えた人、過去にそうした経験をしたことがある人など、一般にマイノリティの立場にある人たちが担います。具体的には、LGBT・各種の障害者・薬物依存症・ホームレス・見た目問題を抱えた人、難民申請者、難病患者、元引きこもり、発達障害者、イスラム教徒などが選ばれますが、そうした人たちの支援者が本役を担う場合もあります。但し、最近では軽度の生きにくさを感じる人たちや変わった生き方・社会支援活動をしている人たちも「本」役を担い、多様な人たちが相互に理解を深めるためにヒューマンライブラリーが活用される場合もあります。 ③ 「読者」は、こうした人たち興味を持つ人たちならだれでも読者になれますので、一般の人たちの偏見の低減に効果的な活動として活用されています。学生・社会人など誰でも読者になれますが、異文化理解に効果的で多様性に寛容な心を育てるイベントとして学校・地域社会・職場などで開催されることが多くなっています。 ④ 「貸し出す(読書)」とは、約30分の対話時間を貸すことになります。日本では「本」を傷つけない配慮を重視して、「本を傷つけないこと」という内容の「同意書」を事前に提出した人だけに貸し出すシステムを採用しているケースがほとんどです。それはヒューマンライブラリーが「公共図書館の本」という設定になっているためでもあります。 ⑤ ヒューマンライブラリーは、世界的にボランタリーな活動として展開してきていますので、基本的に「本」役も有償・無償にかかわらずボランティアとしての参加ですし、「読者」も基本的に無料で参加できるシステムになっています。しかし、最近ではこうしたボランタリーな理念が貫徹されていない、有料ケースも見られます。

2.HLを何のために開催するか

HLはロックフェスティバルで始まった。

HLの発祥は、2000年にデンマークのロックフェスティバルの中の一つの催し物として開催されたことに由来しています。従って、偏見や差別に特段関心のある人々に向けて開催されたわけでなく、彼らの日常的な好奇心に誘いかけて実施されたことに大きな意味があります。したがって、如何に関心のない人々をこの催しものに呼び込めるかがHLの醍醐味でもあります。偏見の低減効果の大きさは体験した人が誰もが実感するところです。従って、体験してもらうことが何より重要になります。

HLはマイノリティの見世物小屋か?

ある人は、HLは、見世物小屋のようで偏見に基づいた催しだとみなす人がいます。それはある意味当たっています。日常的な偏見の心理に働きかけるために、敢えて見世物小屋のようにLGBTや障害者などの偏見カテゴリーを提示して、読者を誘っているからです。しかし、HLの対話を体験した人は、誰もが多かれ少なかれ自分が如何に無知だったか、誤っていたか、その先入観が覆される刺激的な体験をすることになります。

3.HLのターゲットは誰か

HLで大切なのは開催目的です。何を目的にして開催するか、それによって開催スタイルが変わります。当初HLは、一般市民の偏見や差別を如何に低減できるか、そうした取り組みとして始まりました。それを社会的レベルに発展させて、欧米の多文化社会では異文化間のトラブル回避のために異文化理解を促進し、多文化共生のツールとしてHLが開催される事例が多くみられます。日本では特に異文化理解教育などの教育ツールとして使われたり、多様性に寛容な心を育成する国際理解教育の目的で使われているケースもあります。

「読者」ターゲットのHL

いずれにしても何をターゲットにするか。ターゲットは大きく「読者」「本」「司書」(主催者)に分かれますが、「読者」をターゲットにしても、どんな読者か、不特定の市民を対象にするか、特定の学生(多文化共生を学ぶ学生、日本語を学ぶ外国人学生、図書館司書講座を学ぶ学生、社会福祉を学ぶ学生など)、特定の学生でなくても一般の学生や生徒をターゲットにする場合もあります。中学や高校や大学の授業中に実施される場合がそうです。小学生などでの実施が可能かと問われることがあるが、中学生や小学生などの低学年になると、実施方法に特段の注意が必要であろう。 特定の市民(障害者を相手にする地方公務員、学校関係者、障害者や高齢者施設職員、障害者を相手にするサービス業社員など)の場合もあるでしょう。

「本」ターゲットのHL

語り手の「本」をターゲットにすると、当事者団体などのミーティングでの語りと同様に、HLの対話が効果的な自己概念の変容効果を持つことが知られています。おそらく、自助グループの「語り」よりも自己概念の変容効果は大きいと思われます。理由は語りの相手が、当事者同士でなく異質な人々であり一般人だからです。HLの「本」が語る相手、つまり「読者」が生きにくさを抱えたマイノリティの場合は、これまでの実験的ケースでは、一般人の場合よりも共感性の高まりが早く大きくなるようです。

「司書」(主催者)ターゲットのHL

「司書」(主催者)をターゲットにしたHLは、これまで大学のゼミ活動で実施する場合が当てはまります。駒澤大学の坪井ゼミでもこれまでゼミ活動として7年間課題達成型のアクティブラーニングとして実施してきたが、その効果は非常に大きいものがあるのも確かです。但し、学生の活動範囲は通常の教室での座学とは比較にならないくらい大きいので、学生へのプレッシャーも大きくなることには注意が必要です。同時に指導する教員の負担も大きいことは言うまでもありません。 社会学、人類学、心理学、社会福祉学、コミュニケーション学などいろいろな学問分野での授業で活用できると思います。外国人の日本語教育に活用するケースも多くみられます。日本語を単に形式的に学ぶのではなく、日本語が伝える中身、つまり生きた日本語を学ぶ機会になるからです。

4.HLはどんな効果があるのか

【読者効果】 ・偏見の低減効果 HLは、当初から偏見の低減を目的とした社会的イベントだった。デンマークで最初に開催されたHLでもマフィアや薬物依存症などが生きた本役になって、マジョリティの偏見と闘ったと言われている。しかし、HLがなぜ偏見の低減に資するか、そのメカニズムは明らかにされてこなかったが、坪井らの研究(2014、2017、2018)で、それは明らかにされた。社会心理学の偏見理論に基づく低減のための4条件に、HLのイベント構造は見事にかなっており、HLのお遊びのように見える簡単な人間図書館という仕組みが貢献していることが明らかになった。 ・自己拡張(自信・希望)効果 読者効果で興味深いのは、生きた本の勇気ある自己開示がもたらす効果である。自己開示には「返報性の規範」が伴うが、読者自身が、本に返す言葉の有無にかかわらず、読者自身の心を開放し、生きにくさの縛りから解放する。生きた本の語りは「こんなことを開示していいんだ」「自分も同じだ」ということへの気づき、そうした心の解放感を読者に生んでいる。それは読者自身にとって新たな対人関係構築への自信になり、生きる勇気にもつながっている。 ・新たな関係構築効果 HLの対話に入る前は、よそよそしい他人だった話者の「生きた本」は、30分の対話が終わると、以前から親しかった人のように対人距離が縮まる。パーソナルスペース研究で言われる親しい友人関係の距離でHLの対話は行われるが、その対人距離が親密な関係を創り出すのに貢献している。 【生きた本効果】 ・ナラティブ効果 読者にもたらされる自己拡張(自信・勇気)効果新たな対人関係構築効果について語ったが、同じ効果は語り手である「本」自体にももたらされる。本と読者の対話の相乗効果である。HLの語りの効果は、ナラティブ(narrative)アプローチからは捉えるとわかりやすい。「本」特有の効果はナラティブ(語り)効果である。 我々は先験的「自己」があって、先験的自己を語ると考えるが、ナラティブアプローチでは、「自己を語ることが自己自身を形成する」という考え方をする。従って、「私という自己像は、自己を語ることによってより確かなものになる。自己という現実は、語ることによって構成されると同時に、変形されうる」(野口『ナラティプの臨床社会学』2005)。このように見ると、HLにおける「本」の語りは、本自体の自己像の変容過程であり、新しい自己像を生み出すきっかけにもなっている。「本」体験者のほとんどすべてが、ヒューマンライブラリーの体験を肯定的に受け止め、チャンスがあれば次回も「本」として出たいという感想を述べていることからもそれは伺える。 【司書効果】 ・社会人基礎力育成効果 大学のゼミとしてヒューマンライブラリーに取り組むケースは増えてきている。学生が主催者になってHLを開催するので、私は司書(主催者)効果と呼んでいる。 司書効果を学生に限らないが、学生の場合特に顕著である。司書役は「読者」に先立って、生きた本と接触し生きた本の人生話を聞くことになるので、その効果は「読者」効果以上に大きい。したがって、HLを読者として体験したなら、次は主催者側に立って司書効果を体験した方がいい。大学によっては、学生に他のHLの「読者」体験をさせた後に、司書役をやらせるゼミもある。読者体験すると、開催のノウハウもある程度イメージできるので、一挙両得である。 そんな司書効果の成果を示す初期の一例を紹介しょう。2007年頃から始まった全国の大学生などを対象にした経済産業省が提唱している3つの能力と12の能力要素からなる社会人基礎力の成長を審査する社会人基礎力育成グランプリという催し物がある。学生団体が一年かけて取組んだ実践的学習によってどれだけ成長したかをアピールする大会である。駒澤大学坪井ゼミは2011年の関東地区大会に参加して準優秀賞を獲得した。発表内容は一年かけてヒューマンライブラリー開催に向けてゼミ生が一致団結して取り組んだ過程と結果をまとめて発表したものである。 アクティブラーニングとしての効果を示すものであるが、坪井ゼミでは2015年にも世田谷区まちづくり大学生プレゼン大会にも出場し、ヒューマンライブラリーによるまちづくりを提案し、見事第一位の優秀賞も獲得している。 ・課題達成型学習効果(アクティブラーニング) ヒューマンライブラリーは、学生団体が取り組むと課題達成型学習になる。文部科学省が提唱しているアクティブラーニングの一例である。ヒューマンライブラリーを、駒澤大学坪井ゼミの課題達成型学習として語ると、①異文化との遭遇(生きた本の人生に出会う)、②マイノリティに寄り添う共感性を高める。③チームプレイの楽しさと難しさの体得、④地域への広報宣伝・寄付金集めによる説得的コミュニケーションによる学び、⑤最後にHL活動を報告書としてまとめるレポート作成能力の獲得、などを得ることになる。こうした取り組みを駒澤大学坪井ゼミは2010年~2017年の7年間行い、活動報告書にまとめた。この報告書は国立国会図書館に納本されているので、全貌がわかる。また、初期の坪井ゼミのHLへの取り組みの紹介は、加賀美・横田・坪井・工藤編『多文化社会の偏見・差別』(明石書店、2012)に収録されている。 ・異文化間能力の育成効果 ヒューマンライブラリーは目先の効果だけでなく、人々の潜在的能力に働きかけて、対人関係改善能力を活性化する効果を持つことも明らかになりつつある。それを異文化能力育成効果と呼んでいるが、その異文化間能力育成効果については、坪井の論文「ヒューマンライブラリーから見た異文化間能力―コンピテンシーを育てる実践の立場から―」(『異文化間教育』45、2017、異文化間教育学会、pp.65-77)で紹介しているので、そちらを参考にしてほしい。 そこで「HLの読書空間でのステージ別、異文化間能力の展開」について図示したが、それとほぼ同じ図表を紹介しておこう。 ・多文化共生のまちづくり効果 HLがまちづくりに役立つことは、豪州やカナダなどの多文化社会で多文化共生のコミュニティづくりの手段としてHLを活用している事例でもわかる。(詳しくは、工藤「偏見低減に向けた地域の取り組み-オーストラリアのヒューマンライブラリーに学ぶ」加賀美・横田・坪井・工藤編『多文化社会の偏見・差別』明石書店、2012、に所収) 先にも紹介したが、駒澤大学坪井ゼミでは2014年に「HLによる多様性に寛容なまちづくり」を大学生プレゼン大会で提案した。その結果は優秀賞の獲得になったのだが、翌2015年から実践的に世田谷区のまちづくりに取り組んできた。その結果、世田谷区の民家活用プロジェクトである「地域共生のいえ」の一つ「ぬくぬくハウス」のオーナーとの関係が生まれ、この民家を借りてHLを開催することができた。 2018年の「第四回せたがやHL」では、世田谷区人権・男女共同参画課と世田谷区社会福祉協議会の後援を受け、世田谷トラストまちづくりからファンドを得て、男女共同参画センターらぷらすで開催することになった。「本」協力者も区内関係者で半分を固め区民に向けてのHL開催にこだわった。区内の自助グループや支援グループなどとのネットワークも形成されつつある。 こうした取り組みは、社会学的に言えばHLを媒介にしたブリッジ型社会関係資本の活性化を目指したものである。区内には多様な市民団体が活動しているが、多くは自足的・自閉的活動でタコツボ化していて、横の交流が活発でない。したがって、マイノリティグループもマイノリティ同士の関係でしかない。マイノリティとマジョリティを結ぶブリッジ型(架橋型)社会関係資本が十分形成されているとはいいがたい。 当協会の活動目的の一つは、HLによるこうしたまちづくりであり、その可能性を実験的に世田谷区で実現し全国のコミュニティのまちづくりのモデルにすることである。 これまでの駒澤大学坪井ゼミのHLによるまちづくりについては、坪井論文「多様性に寛容なまちづくり―駒澤大学坪井ゼミのヒューマンライブラリー活動を通じて」(坪井・横田・工藤編『ヒューマンライブラリー』2018、pp.86-97、に所収)を参考にされたい。

5.【参考文献】 ヒューマンライブラリーの詳細は下記の文献をお読みください。

1.駒澤大学坪井ゼミ編著『こころのバリアを溶かす―ヒューマンライブラリー事始め』 人間の科学社、2012年 1500円+税

⇒ヒューマンライブラリーとは何かを知る入門書です。ヒューマンライブラリー開催の案内書にもなっています。初めてヒューマンライブラリーに触れる人は、是非、この本を手に取ってみてください。

2.加賀美・横田・坪井・工藤編著『多文化社会の偏見・差別』 明石書店、2012年 2000円+税

⇒偏見・差別の形成と低減のための書物ですが、その内、3章分はヒューマンライブラリーの解説になっています。ヒューマンライブラリーの歴史と大学ゼミでの実践、オーストラリアでの実践紹介です。大学等で実践する際の参考になるでしょう。

3.坪井健「ヒューマンライブラリーの可能性を探る―「読者」「本」「司書」効果を中心に―」松本・高橋編著『社会・人口・介護からみた世界と日本』 時潮社、2014年 4500円+税

⇒これは論文集に収録された一つの論文ですが、ヒューマンライブラリーの効果について「読者」「本」「司書」(学生の場合)にどんな効果があるかについて、最初に学術的に分析されてコンパクトにまとめられています。ヒューマンライブラリーの効果の全体像を知る参考になる論文です。

4.坪井健「ヒューマンライブラリーから見た異文化間能力」 『異文化間教育』45号、異文化間教育学会、2017年 2300円+税

⇒ダイバシティが注目される時代に如何に異文化間能力を育てるかは重要な教育テーマですが、この論文はダイバシティ教育の実践としてヒューマンライブラリーの有効性を分析的に明らかにしています。

5.坪井・横田・工藤編著『ヒューマンライブラリー―多様性を育む「人を貸し出す図書館」の実践と研究』 明石書店、2018年 2600円+税

⇒日本にヒューマンライブラリーが上陸して10年、その間の日本での実践と研究の成果をまとめた一冊です。ヒューマンライブラリーの実践と研究の全容を知るためには格好の書物です。海外の事例も含まれています。

6.坪井健『ヒューマンライブラリーへの招待―生きた「本」の語りが心のバリアを溶かす』 明石書店、2020年 2000円+税

⇒この本は日本初のヒューマンライブラリーの本『ヒューマンライブラリー事始め』(2012年)の売り切れ完売に伴い、増補改訂版として出版する予定でしたが、前著の出版社閉鎖に伴い、出版社を変え、大幅に加筆して新たに出版されたものです。日本上陸10年間のヒューマンライブラリーの経験を踏まえた新たな開催指南書として大いに役立つことを期待しています。